【横綱・大の里 千秋楽まさかの休場】

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【横綱・大の里 千秋楽まさかの休場】 相撲
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― ファンとして思うこと。私は“舞の海派”です ―

九州場所・千秋楽。
11勝3敗で優勝争いトップに並んでいた横綱・大の里が、まさかの当日休場。

「左肩鎖関節脱臼で1ヶ月の安静加療」
その診断書を日本相撲協会に提出し、土俵を離れる決断をした。

稽古場で動いてみて、師匠と話し合って、最終的に“無理をさせない”という結論――
これは間違いなく正しい判断だと思う。思うんだけど…ファンとしては正直、複雑。


■ SNSでは賛否の嵐。

休場発表と同時に、SNSでは意見が分かれた。

  • 「英断だと思う」
  • 「怪我を隠してまで出る時代じゃない」
  • 「将来を考えてほしい」
    (この意見も確かにわかる)

一方で…

  • 「千秋楽なら出てほしかった」
  • 「横綱なら意地を見せてほしかった」
  • 「痛み止めを打ってでも」

この“昭和の相撲観”みたいな意見も根強くて、そこで火を付けたのが舞の海さんのコメント。

「もし私が大の里だったら、痛み止めを打ってでも出ていたと思う」

この一言が大炎上。
「根性論」「時代にそぐわない」「失礼すぎる」など否定的な声が大量に。

――でもね。

私は舞の海派。
ここからは完全にファンとしての個人的な感覚。


■ 舞の海さんの言葉、そんなに悪いか?

舞の海さんの発言は、
「大の里は休むべきじゃなかった」
とは一言も言ってない。

あくまで、
「もし自分なら出ていた」
「こういう状況なら出たいと思う」
という“個人の価値観”の話。

そして、舞の海さん自身は
・小柄で圧倒的不利
・技で勝負するタイプ
・怪我を隠しながら出続けた時期もある

そういうキャリアを持つ人。
価値観が違って当然だと思うんよ。

舞の海さんの時代は、怪我を隠して出るのが“当たり前”だった。
それが良いか悪いかは別として、あの人の土俵観はその延長線上にあるだけ。
だから個人的には全く違和感なし。

むしろ、“舞の海さんらしいコメント”でちょっとホッとした。


■ じゃあ大の里はどうだったか?

もちろん休場は正しい。
肩鎖関節脱臼なんて、無理すれば長期離脱のリスクもある。
横綱として、今後数年の土俵人生を考えたら休む判断は大賛成。

でも、ファンの正直な気持ちとしては――

「最後の最後の千秋楽、とってほしかった…」

この気持ちも自然だと思う。

だって、
・優勝争いトップ
・横綱の意地
・今年の年間最多勝を確定させたばかり
・大の里らしい“泥臭い相撲”を最後まで見たかった

全部含めて、“見たかった”んだよね。
矛盾してるけど、それがファン心理。


■ 「怪我を押して出ろ」は違う。でも…

いまの時代、
「痛み止め打ってでも出ろ」
「怪我を隠して出るのが横綱」

こういう価値観が時代遅れなのは分かってる。
でも、相撲という競技の特性上、
絶対に昔の価値観がゼロになることはないと思ってる。

千秋楽の取組って、
“物語の最終章”みたいな存在。
そこに横綱が立つだけで空気が変わる。

だから、舞の海さんが
「もし私だったら出ていた」
と言う気持ちもめちゃくちゃ分かる。

そして僕はやっぱり…
その気持ちに共感するタイプのファン。


■ 大の里は間違っていない。舞の海も間違っていない。

今回の件は、どっちが正しいとかではない。
価値観の違い。
それだけ。

時代は変わった。
休む勇気も評価される時代になった。

でも一方で、
「最後まで出てほしい」という気持ちはファンの本音で、
それを代弁したのが舞の海さんだった。

大の里の休場は残念だった。
でもそれ以上に、
「来年の大の里はもっと強くなる」
その期待感の方が大きい。

怪我を治して、また土俵の中心に立ってくれることを楽しみにしている。


■ 最後に:ファンとしての結論

✔ 大の里の休場 → 正しい判断
✔ 舞の海の意見 → 個人の相撲観として自然
✔ SNSの批判 → 過剰反応が多い
✔ 私は舞の海派 → 「千秋楽は見たかった」が本音

大の里、ゆっくり治してくれ。
来年また強い相撲を。
そして舞の海さんもこれからも“舞の海節”を貫いてほしい。

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