もう二十年前か。
俺が高校生だった頃の話だ。
うちの高校は、学区でも有名な“底辺校”で、入試の点数が足りなくても何となく入れた。
周囲はみんな、何かから落ちこぼれて、結果としてそこに集まった、みたいな場所だった。
当時、“カンパ”って言葉が流行っていた。
正確に言えば、流行っていたわけじゃない。
“蔓延”していた。感染症みたいに、じわじわと、そして確実に。
カンパ。
それは一種のカツアゲだった。
「来週までに五千。」「一万持ってこい。」
理由なんてない。ただの理不尽。
上のやつが下に要求し、下のやつはさらにその下へ回す。
負の連鎖。口にすればすぐに広がる、忌まわしいゲーム。
俺は不良じゃなかったし、地元でも特に目立つタイプでもなかった。
だけどなぜか、カンパは回ってきた。高校の先輩。地元の先輩。
“断る”という選択肢はなかった。
断れば殴られる。時には土下座させられた。
週末のバイト代が、まるごと消えていく。
今でも覚えてる。地元の中学単位で、「A中は来週五万な」とか言われる。
期限に遅れれば、また殴られる。
俺は一度もカンパを回さなかった。
年下に金を無理やり出させるくらいなら、自分でバイトして払うほうがマシだった。
ある日、学校でカンパの存在が問題になった。
教師たちは騒ぎ始めた。
「誰がやっているのか分からないか?」「心当たりはないか?」
誰も言わなかった。言えるわけがない。
チクったらどうなるか、みんな知っていた。
そんなとき、アンケートが配られた。
「絶対に口外しない。名前は伏せる。」と、紙に印刷されていた。
俺は、全部書いた。
どこで、誰から、いつ、いくら、どういうふうにカンパを求められたか。
名前も全部。恐怖で手が震えたけど、それでも書いた。
今が唯一のチャンスだと思った。
後日、職員室に呼び出された。
あのアンケートに真実を書いたのは、俺一人だったらしい。
教師は静かにうなずき、俺の話を全部聞いてくれた。
その場で何かが変わるわけじゃなかった。
でも、少しだけ光が差した気がした。
数日後、カンパを回していた不良たちが、次々に退学になった。
いきなりだった。教師も何も説明しなかった。
誰かが「チクったやつがいる」と言い始めた。
そして、俺じゃない誰かが、疑われた。
まったく関係ないやつだった。
目立たず、物静かで、誰ともつるまないようなやつ。
でも、“だからこそ”疑われたのかもしれない。
そいつはある日突然呼び出されて、体育館裏でボコボコにされた。
俺は黙っていた。
その日も、次の日も、何も言えなかった。
数週間後、そいつは学校を辞めた。
俺はそいつと一度も話したことがなかった。
名前もよく知らない。
でも、今でも思い出す。
殴られて膨れ上がった無抵抗すぎる顔を。。
数年経って、高校時代の同級生と久しぶりに飲みに行った。
酔った勢いで、この話を初めて口にした。
「じつは、あのときチクったの、俺なんだ。」
そいつは少しだけ驚いた顔をして、それから静かに笑った。
「……知ってたよ。」
思わず聞き返した。
「なんで言わなかったんだよ。」
「別に言う必要、なかったからさ。言ってたら、お前、もっとしんどかったろ?」
その言葉を聞いた瞬間、肩の力が抜けた。
ずっと誰にも言えなかったことを、知ってたやつがいた。
しかも、あえて黙っててくれた。
あの日、あの時、俺は一人じゃなかったんだと思った。
そのまま、酒の力もあって、店で泣いた。
涙が止まらなかった。悔しさも、安堵も、全部まとめて、涙になった。
もう、二十年も前の話だ。
あのときボコられた彼は、いま何をしてるんだろう。
あの日の俺は、正しかったのか。
それとも、ただ逃げただけだったのか。
いまだに分からない。
この物語は、すべてフィクションです。


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