
※画像はイメージです。
鶴丸城跡を歩く 〜島津家久の城から西郷隆盛の時代へ〜
今日は鹿児島市内で現場仕事。
作業を終えたあとは、ほんのひと息つきたくて、**鶴丸城跡(鹿児島城跡)**までふらっと足を運んでみた。
風が少し冷たくて、肌寒さすら感じる午後。
だけど、観光バスが次々と到着し、あたりは修学旅行生たちの賑やかな声が響いていた。
制服姿で笑い合うその風景は、どこか懐かしく、心が和む。
🅿️ 駐車場事情:どこに停める?リアル体験レポート
公式には黎明館の無料駐車場があるんだけど、今回は少し寄り道もしたかったので、
**周辺のコインパーキング(1時間100円)**を利用してみた。
✅【黎明館・無料駐車場案内】
- 場所:照国神社鳥居を右折し直進、西門から入場
- 台数:普通車125台/大型バス20台/身障者用7台
- 利用方法:駐車券 → 用務先で確認印 → 出るとき警備員へ提出
- 駐輪スペースあり◎
🔸見学や観光目的の場合は、黎明館を利用するならこちらが便利でお得。
🔸ただし、散策メインやカフェ巡りしたい人は、周辺のコインパーキングの方が自由度高めです!
🏯 「天守なき城」――島津家久の思想
城跡を歩いていると、ふと目に入った案内板。
📷(現地写真)

※画像は公式鹿児島県観光サイト『かごしまナビ』より引用
「77万石の本拠にしては天守をもたない屋形づくり」
その理由は、戦のない時代への願い、そして徳川政権との摩擦を避けるための配慮だった。
関ヶ原の戦い後、18代当主・島津家久は、あえて「見せない力」を選んだ。
堅固な天守より、民と和する政治の拠点としてこの地を選んだという。
この「攻めではなく守り」の思想は、のちの島津斉彬の開明主義や、
西郷隆盛の民を想う心にもつながっていく気がする。
🔰まずは「鶴丸城」ってどんな城?
鶴丸城は、1601年に島津家18代・家久公が築いたお城。
ただし、普通の「お城」とはちょっと違っていて、**天守閣を持たない“屋形造り”**なのが特徴です。
その理由は…
「あまりに立派な城を建てると徳川家に警戒されるから」
という、まさに戦国〜江戸初期のパワーバランスの中で生まれた知恵だったとか。
約5,000人が暮らす城下町を見下ろす位置にありながら、あくまで“控えめ”な見た目にするというのは、薩摩らしい誇りとしたたかさを感じますね。
📜(現地看板より一部引用)

🌿 水面に揺れる鯉たちと、静けさ
城の外堀では、大小の鯉たちがゆったり泳いでいた。
水面が風に揺れ、その中をスイスイ進む鯉の姿に、思わず時間を忘れる。
「昔もここで武士たちが同じ景色を見ていたのかな」
そんな妄想をしながら、ひとり、石橋の上からじっと見つめる午後。

📚 歴史の勉強、はじめました
実は最近、ちょこちょこと図書館に通っていて、
西郷隆盛、島津斉彬、島津家久など薩摩の歴史を本格的に読み始めている。
🔖 印象的だったフレーズ:
- 「敬天愛人」=西郷隆盛の生き方の芯
- 「殖産興業」=島津斉彬の未来志向の改革
- 「人をつくり城と成す」=家久の根本哲学
本を読んでから現地を歩くと、風景の解像度が上がる感覚になる。
まるで、そこに当時の人たちの気配が色濃く残っているように思える。
📍次は時間を作って黎明館の中にも入ってみよう。
島津家と明治維新の展示、今の自分ならかなり深く楽しめそうな予感がする。
🗿照国神社前にて、西郷どんと再会。
鶴丸城をあとにして、ふらっと照国神社の大鳥居へ。
そこで目に飛び込んできたのは、鹿児島の英雄――西郷隆盛像!
凛とした軍服姿でまっすぐ前を見据えるその姿は、
まさに“陸軍大将・西郷隆盛”としての威厳を感じさせます。
鹿児島の空の下に立つその銅像は、
どこか地元の誇りとして親しまれているようにも見えて、
通りを行き交う修学旅行生たちも記念撮影に夢中でした📸

「戦の英雄」でありながら、「市井の人」としての魅力をも感じさせてくれるこの像は、
まさに薩摩の誇りを象徴する存在です。
📝まとめ|歴史と自然がゆるやかに交差する散策コース
- 🏯 鶴丸城跡で薩摩の知恵に触れ
- 🐟 堀の鯉に癒され
- 📚 黎明館で歴史を感じ
- 🗿 西郷どんに出会う
まさに鹿児島市中心部で楽しめる「歴史と自然のミックス散歩コース」でした。
次回は黎明館の中もじっくり見学して、島津斉彬と西郷どんの関係にももっと迫りたいと思います!



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