プロ野球の世界で「ドラフト1位」という響きはやっぱり特別だ。
球団が未来を託し、ファンも“来年の主役かもしれない”と胸を躍らせる。
でも現実は厳しくて、期待を背負った選手がそのままスターになるケースは、実はそんなに多くない。
今回取り上げたいのは、2006年高校生ドラフト1巡目──北篤(きた・あつし)。
彼は間違いなく、“ロマンの塊”だった選手だ。
🧢 高校時代から漂っていた“規格外の匂い”
北篤の武器は、とにかく素材がエグかったこと。
- 183cm/86kgの体格
- 140キロ超のストレートを投げる投手
- 高校通算32発のスラッガー
- 二刀流として評価
今でこそ二刀流は当たり前みたいに語られてるけど、
当時は“本当に化け物しかできないロマン枠”みたいな扱いだった。
ベイファンもみんなワクワクしてたはず。
「これ絶対育てば主力になるじゃん」
そんな期待を背負って横浜へ入団した。
⚾ 入団後、いきなり投手として可能性を感じさせる
1年目は投手として二軍で17試合に登板。
2勝4敗、防御率4.84。
数字だけ見ると普通なんだけど、
“素材型の高卒投手”としては全然ありえるライン。
ここからゆっくり育てるんだろうな…と思った矢先、
右肘の手術。
これが大きかった。
🔁 打者転向で見せた“もう一つのロマン”
肘の手術をきっかけに、北篤は打者へ完全転向。
普通ならここで道が細くなるはずなのに、彼はここからむしろ輝き始める。
2010年(二軍)
- 打率 .320
- 本塁打 14
- 打点 67
- 試合数 102
これ、本当にすごい。
当時のファンの反応もこんな感じだった。
「いや、北篤覚醒してるじゃん!」
「これ一軍で見たい!」
そして念願の一軍昇格。
ここまではパーフェクトな物語だった。
🥲 しかし“一軍の壁”は高かった
2010年:一軍8試合
2011年:12試合
2012年:2試合
数字を見てもわかるけど、
“使われそうで使われない”
そんな時期が続いた。
上手くハマりきれなかった理由は色々ある。
- チーム事情
- 外野の競争の激しさ
- 打撃スタイルが完成し切れなかった
- そもそも育成の方向性がバラバラだった時代
ベイファンからすると、
「もっと我慢して使っても良かったのに…」
そう思う選手の一人だった。
🛫 移籍続きの後、静かにプロ生活へ幕
その後は日ハム → 巨人へ移籍し、
チャンスを掴みかけた年もあったものの、
最終的にはそのまま戦力外 → 引退。
プロ10年間の通算成績は…
- 出場 56試合
- 打率 .247
- 本塁打 2
- 打点 4
数字だけを並べれば“物足りない”かもしれない。
けど、10年間プロで生きた事自体がまず凄い。
そして北篤は、ベイファンにとって
**「もしもが詰まった選手」**だった。
💬 ベイファン目線で言わせてほしい“北篤の魅力”
北篤が成功しなかった理由を語るのは簡単だけど、
それ以上に、彼は「夢を見せてくれた」。
- 投手としてもいけた
- 野手としても覚醒しかけた
- 背番号の似合う体格
- ロマン枠としての期待感
今のベイスターズは若手育成も上手くなり、
「素材型をどう育てるか」というノウハウも格段に上がってる。
でもその土台って、
北篤みたいな選手の“積み重ね”でできてると本気で思ってる。
🏁 まとめ:「ロマンのドラ1」もまたベイスターズの歴史
北篤はスターにはなれなかった。
けど、ベイファンからすれば
“忘れられないドラ1選手”の一人。
プロ野球って、
こういう“ロマンの歴史”がチームを形作っていく。
そして、こういう選手がいたからこそ、
今の強いベイスターズがある。
だから今日も、ベイファンをやめられない。



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